東日本大震災からまる7年。被災地に思いを馳せ、原子力行政にも思いを巡らせる日に

今日で、東日本大震災からまる7年。被災地に思いを馳せるとともに、この大災害によって、私自身が深くかかわることになった、原子力行政について振り返る一日でもあります。

発災から数日後、先輩議員に呼び出された私は、それから数か月、東京電力本社に置かれた政府・東電福島原発事故対策統合本部に入り浸ることとなります。そして、日本の原子力行政が、楽観的なフィクションの上に成り立っていることをまざまざと実感します。

その後、原子力行政のフィクションの象徴ともいえる使用済み核燃料問題=原子力バックエンド問題に主体的に取り組むこととなりました。その中で、当時、朝日新聞に寄稿した記事が出てきました。

原子力発電 を今すぐ止めたとしても、すべてが安全というわけではありません。わが国には、最終処理方法が確定していない核のゴミ=使用済み核燃料が17,000トンあり、これまでは再処理=リサイクルして使える部分は使う政策をとってきました。しかし、核兵器にもなりうるプルトニウムを取り出して高速増殖炉でしようするという当初の計画は、まさに文字通り「夢」となり、実現には程遠い状況です。そうした現実を直視し、国策の転換を提起したのが本論です。

2012年4月23日 朝日新聞 私の視点 より