女川町、南三陸町、野田村訪問記 東日本大震災被災地との絆

11月18日から20日にかけて、東日本大震災の被災地である宮城県女川町、南三陸町、岩手県野田村を訪問して参りました。

震災から8年8ヶ月、西宮市から女川町と南三陸町には復興支援のために職員派遣が続いており、野田村とはNPOの方々が中心となり中学生の交流などが続いています。毎年、それぞれの自治体から西宮市にお越しいただきますが、私自身も現状をしっかり見ておきたいと、行ってまいりました。

仙台空港に降り立ち、まず向かったのが、石巻市立大川小学校跡地でした。ここは、学校全体が津波に飲み込まれ、全校生徒のおよそ7割にあたる74名と教職員10名が犠牲となった、とても痛ましい現場です。実際に訪れることにより、防災・訓練の大切さを痛感しました。また、状況判断の誤りが取り返しのつかないことを招いてしまう、厳しい現実を胸に刻み込むこととなりました。

その後、女川町に向かいました。漁業を中心とした町を津波は壊滅的な被害を与えましたが、エネルギッシュな須田町長のリーダーシップのもと、着実に復興に向けて歩んでいることがよくわかりました。漁業の水揚げ額も震災前を上回り、来春にはそれぞれ唯一の小学校と中学校を一体化した小中一貫校を開校させるなど、今後の展開がとても期待できるものでした。女川町には西宮市から5人の若手職員が派遣されており、彼らが意欲的に仕事に向き合っていることがとても頼もしく感じました。

女川町には東北電力の原子力発電所があり、この機会に見学をさせていただきました。福島第一と違って女川がなぜ大丈夫であったか、再稼働に向けてどの様な取り組みをしているのかに関心がありましたが、詳しい説明をしていただき、よく理解出来ました。この問題は、イデオロギー論争的な議論になりがちですが、現実の中から最善策を講じようと奮闘する東北電力の皆さんの努力がとてもよくわかり、よい勉強になりました。

翌日は、南三陸町に向かいました。こちらも漁業が中心の町で、役場の三階建ての防災庁舎の遥か上まで津波が押し寄せ、町の中心部が壊滅的な被害を受けました。こちらは衆議院議員時代の2011年にも訪れましたので当時の記憶は残っておりましたが、およそ8年余りで進んだ復興事業によって、震災当時から陣頭指揮をとる佐藤町長のもと、町の中心部は見違えるように整備されていました。西宮市からの派遣職員が手掛けた事業についても説明を受け、その足跡が息づいていることに頼もしく感じました。

また南三陸町では、伊里前小学校と名足小学校の二校も訪問して参りました。これは、甲陽園の青愛協の皆さんから、それぞれの小学校への支援金をお預かりしており、それを届けるためにです。甲陽園地区青愛協では、毎年夏祭りの際に中学生らが出店の手伝いをするそうで、そこの利益を被災地に届けたいと以前から活動を続けています。これも、阪神大震災の際に全国から寄せられた支援の輪に応えるために行われているとのことで、素晴らしいことだと思います。両校では、遠路やってきた我々を校長先生らが歓迎くださり、甲陽園地区青年愛護協議会の皆さんにくれぐれも御礼お伝え下さいと申し受け、現地を後にしました。

ところで、南三陸町には「西宮神社」があるのです。たまたま同じ名前、というのでなく、今から800年前に摂津国西宮神社から御分霊を奉斎したという記述があるそうで、実際に今も、高台にある桜の綺麗な東山公園に「西宮神社」はありました。不思議な神様のご縁というものがあるものです。

さてその後、今回の最終目的地である岩手県野田村に向かいました。ここは、西宮市民の方が関わるNPO団体が復興支援を行なっており、今は中学生の交流も行われています。野田村唯一の中学校では、震災後に取り組みが始まった和太鼓の練習中で、その様子を見学させてもらいました。しっかりした力強い太鼓でしたが、これからさらに磨きをかけ、来年1月18日には西宮にてチャリティーコンサートに来てくれることになっています。震災復興で手を差し伸べられたお返しに、自分たちが出来ることをやっていこうと取り組む野田村の中学生たちに、こちらが元気づけられることになりました。

今回の視察を通じて、改めて自然の脅威を認識するとともに、「教育・訓練・伝承」の大切さと、「自分の命は自分で守る」という意識づけが重要と感じました。

そして、復興のプロセスにおいて、現地の方々のたくましさと、多くの西宮市民の被災地に対する思いが息づいていることを実感しました。西宮市が、役所だけでなく多くの市民がこうして被災地に思いを寄せるのは、25年前の阪神大震災の経験があるからです。あの時、西宮市には全国から様々な支援が寄せられました。辛く厳しい現実の中でも、励まし助けてもらえたからこそ今がある、だからこそ苦しい思いをしている被災地に寄り添い続けたい、その思いが東日本との絆として紡がれているのです。

国の復興事業は、丸十年となる令和二年度末までをひとつのターゲットとして進められています。一方で、市民同士が中心となって紡いだ絆は、今後も受け継がれていくものと思います。西宮市民の皆さんにも、是非機会を作り、東北を訪れてみてください!

※今回の訪問では、ご当地グルメも堪能できました! 野田村では思いっきりシブい茅葺き屋根古民家の「苫屋」さんで囲炉裏を囲んでのランチを。海の幸だけでなく、雰囲気も素敵でした!