市長コラム 2020年(令和2年)12月 西宮湯川記念賞贈呈式開催 湯川博士の背中から私たちが受け継ぐべきもの

【西宮湯川記念賞、今年は京都大学の塩崎謙さんに決定!】

12月5日、西宮市フレンテホールにおいて「第35回 西宮湯川記念賞」の贈呈式が開催されました。「西宮湯川記念賞」を含む「西宮湯川記念事業」は、昭和24年に日本人初のノーベル賞受賞者となられた湯川秀樹博士が、ここ西宮・苦楽園にお住いの折に「中間子論」を提唱され、「中間子論」誕生から50年を記念する碑が苦楽園小学校に建てられたことをきっかけとして、昭和61年に発足した事業です。

 湯川博士の偉業をたたえるとともに、若手科学者の物理学研究を奨励し、市民の皆様の科学への親しみ・理解を高めることを目的に実施しており、今年度で35年目を迎えました。
 
 本年は京都大学基礎物理学研究所助教の塩崎謙さんに西宮湯川記念賞をお贈りすることとなりました。受賞対象となったのは「トポロジカル結晶絶縁体・超伝導体の分類理論」ということです。今年は、全国から19件の推薦があり、選考委員会(委員長:松尾正之新潟大学理学部理学科教授)および運営委員会(委員長:川上則雄京都大学大学院理学研究科教授)にて審査をいただきました。改めて、関係いただいた皆様方に感謝申し上げます。

 表彰式の後、受賞された塩崎さんに今回の受賞対象となった研究についての講演をいただきました。正直に申し上げて、私自身、物理(だけでなく理科全般)は弱い方ですが、直接こうした超一線級の研究を聞いて、少しですがわかったような気になりましたのと、基礎研究の大切さ、そして未来に情熱を燃やす若手研究者の思いに触れ、とても頼もしくなりました。

【信念の人、湯川秀樹博士】

 湯川秀樹博士は、私が最も尊敬する方の1人です。湯川博士は、自らの信念を貫いて行動する方でもありました。

 戦後の荒廃期から立ち上がった我が国は、その後、高度成長期を迎えます。そして、安定した電力が必要と考えた政府は、原子力発電の導入を計画、1956年に原子力委員会を発足させ、湯川博士は、正力松太郎委員長の要請を受けて原子力委員となりました。正力委員長は、外国の原子力を購入してでも5年以内に実用的な発電所を建設しようと主張しますが、湯川博士は基礎研究を疎かにして性急に原発建設を進めてはならないと主張、真っ向から対立します。両者の溝は埋まることなく、湯川博士は1年余り経ったところで、原子力委員を辞任します。
 借り物技術で次々と炉が建てられ、その脆弱性が指摘されながらも使い続けられた炉の一つである東電福島第一原子力発電所は、2011年の東日本大震災によって大災害を引き起こしてしまいました。湯川博士の主張がしっかり通っていれば、もしかしたら別の結果になっていたのではないか、そう思うのは私だけではないと思います。

【湯川博士のメッセージを受けて、奮起を誓う】

 冒頭に触れた、苦楽園小学校にある記念碑には、こう書かれています。

 「未知の世界を探求する人々は 地図を持たない旅人である」

 今、新型コロナウイルス感染症という未曽有の事態に直面し、私たち人類はまさに地図を持たずに彷徨う旅人のような状態ではないかと思います。そうした事態に向き合ったとき、私たちはどうあるべきか、どうすべきか、この言葉を噛みしめる時でもないかと考えます。私なりに解釈すれば、「小さなことでも目印を見失わず、基本に忠実に、そして、必ずくる明るい未来に向けて、前に進む」ということでしょうか。

 新型コロナウイルスは、本当にやっかいな難敵です。しかし、必ず乗り越えられる日がやってくる、そのことを信じ、そのためにも一つずつ着実に前進する、そんな思いで頑張っていきたいと思います。

西宮市長 石井登志郎